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yuuの一人芝居

yuuの一人芝居

児童文学 鬼の反乱 1

 吉備大国の反乱

   (鬼の反乱)

               
         1



 あたいの名前は、茶子兵衛と言うのであるのだわ。雌のあたいに兵衛等と名付けた飼い主は二十五代目石川五右衛門と言い、あの有名な石川五右衛門の何と二十五代目なんですのだわ。主人の家の壁には聖徳太子のような格好をした肖像画を筆頭にして三十五枚の額が飾られてますのだわ。どうしてかと言うと石川と名乗る前が三十代あってその名前は極秘なんだわ。どれも名前に似つかはず美男なんですのだわ。主人も相当の良い男なんですのだわ。

 この屋敷を忍者屋敷と言い、主人、奥様瑞乙様、嫡子の豊右衛門さん、部屋住みの勇左衛門ちゃん、それに、あたいの茶子兵衛の四人一匹の家族構成なのですのだわ。

 主人は朝が早く、一番鶏の啼く前には起きているのですから、あたいは何時も寝不足なのだわ。美容の大敵、なんだか最近目尻の小皺が増え病つれているって、言われているのだわ。だから、幾ら、発情の周波を送っても一匹も近寄らなくて少々欲求不満なのだわ。人間のように何時でも発情期ってわけではないし、子孫繁栄に励まなくてはならないのにそれが出来ないなんて猫族にしては大問題なわけなのですのだわよ。

 あたいは、前の飼い主に、パッキンケースに入れられ車に乗せられて竹薮の中に捨てられたのを、今の主人に拾われたのだわ。その時、瑞乙様が、あたいの大切のところを覗き込んで、

「あら、どうせ拾ってくるのなら、雄の方が良かったわね」

 と主人に言っているのを聞いて、あたいは背中の毛を逆立てたのですのだわ。

「大きくなったら、年に三回平均五匹も産むんですのだわよ。十五匹が屋敷の中をニャンニァーゴロゴロと泣き歩かれたらもう大変。私の知っている獣医さんに頼んで不妊の手術をして貰おうかしら。何でも一万五千円あれば出来ると聞いたことがあるわ。電話を掛けてはっきり尋ねようかしら」

 真ん丸顔の人の良さそうな瑞乙様の真っ赤に熟れたトマトのような唇から残酷な言葉が出てきたときには、あたいは庭の木の天辺に駆け上がりましたのですのだわ。「まあ、そうは言っても、自然の摂理は尊いものなのだからして、まして本能の部分を人間の都合で変えるということはやな、イルカ、鯨、アザラシ、ペンギン、野鳥を保護している団体に文句を付けられてもしょうがないからして・・」

 主人は、穏やかに言った。総髪を後ろに束ねている中に最近とみに白い物が増え出したのですのだわ。なんたか、色々と考える事が多いいみたいなのですのだわ。

「なにを、勝手なことをほざくのかしら。首に巻く狐、身体にまとうミンク、腹に入れるビフテキ牛、ハンターのかもになる鴨、ハムにする豚、下着になる繭の糸、セーターになる羊、ハンドバックにされる鰐、ベルトにされる蛇・・・」

 瑞乙様は、頬を赤く染めて言ったのですのだわ。それを主人は、

「もういい。とかく人間は矛盾の中で生きとるんだわ。それを傲慢と言わずして何を傲慢と言おうかい。わからん屁の付く理屈を、己の立場を忘れてほざくものなんだ。例えば、核廃絶を提唱しながら、平和利用と唱して核の研究に余念がないのだよな。はたまた、ミサイルや原子力空母や潜水艦、マツハ3のジェツト機や中性子爆弾や人工衛生による攻撃ミサイル、などを製造しておいて戦争反対平和万歳では可笑しいと言うことを気付かないところが人間の愚かしいところ。と言うことがまるで判ってはいないんだから余計に質ちが悪いと言うものだわさな」

 主人は、瑞乙様の言葉よりもっと皮肉を言ったのですのだわ。

「それによ、男女平等を説きながら炊事も洗濯も育児もしないのはどう言うことかしら。女子のプロ野球の選手がいないと言うのはどう言うことかしら。ボクシングの選手がいないと言うのはどういうことかしら。新幹線の運転手がいないと言うのはどう言うことかしら。ジェツト機のパイロットがいないと言うのはどう言うことかしら。船長になれないと言うのはどういうことかしら・・・」

「判った、分かった。明日から炊事は交替で、洗濯は代わり番互で。当家においては男女平等。権利と義務の徹底。家庭の基礎体力における双方の役割分担。日本プロ野球連盟への女子選手採用に対する強行なる意見書の提出、並びに世論の喚起を促す新聞広告。また、全日本ボクシング協会に、女子ボクシング普及への助力の要請。更にまた、各JRへの運転手採用要請。国際航空パイロット事務局への女子採用に対しての差別撤廃についての意見書。はたまた、国際旅貨物船舶協会に対しての海員上級職への登用要請、とまあ、これから努力をしてみようではないかしら」

 あっさり主人は、瑞乙様の意見を全面的にのみ、あらゆる機関への普及嘆願をすると言ったのであったのですのだわ。主人は一旦口にしたことは何がなんでもやり通す人なのですのだわ。口当たりとか、風貌からは想像できない力があるみたいなのですのだわ。

 とまあ、あたいが拾われて来た時にこの様な経緯があったのですのだわ。

 少し話が飛躍してしまった様だわ。とにかく、主人の早起きに付き合わされて美貌が衰えたと言う話だったのですのだわ。

 主人が起きてなさることは、坊主は勤行と決まっているように、一通りの泥棒、いいえスッパ、あの、百百地白雲斎先生から伝授された忍者としての術の鍛練をなさいますのですのだわ。気配を殺して近寄るその修業に、あたいが引っ張り出されるって訳なのだわ。あたいにそーうと近づく。足音は無論、大気を動かさず、息きを殺して、心臓の音を止めなくてはあたいに近ずく事は不可能なんですのだわ。それをやって退けるのは主人お一人、瑞乙様、豊右衛門さん、勇左衛門ちゃんも、到底の事、主人にはかないませんのだわ。主人が済んだあとに、瑞乙様、豊右衛門さん、勇左衛門ちゃんと目を覚ました順番に鍛練をなさるのですのだわ。主人は黒装束なんですけれど、瑞乙様は原色を派手にあしらったレオタードなのですのだわ。なんでも、シェープアップを兼ねたものだと言うことを聞きましたのだわ。そう言えば、腹の当たりだけがレオタードの布が凄く緊張していますのですのだわ。豊右衛門さんはスリムなジーパンにトレーナーと言う出立ちですのですのだわ。朝シャンをしているからとても颯爽としていますのですのだわ。だけど、今の調子だと二十六代目の五右衛門に成れるかしらと不安になりますのですのだわ。だって、格好ばかりで何だかぎこちなくて気合いが入ってなくて・・・。勇左衛門ちゃんは全然やる気がないみたいなのですのだわ。だって、部屋住みだから、二十七代も八代にも成れないのですもの、判るのですのだわその気持ち。

「そんなことでは駄目ではないか、たとい、部屋住みの身とは言え何処から逆玉の輿、いいや養子縁組が転がり込んでくるとも限らないではないかいな。例えば、猿飛家の佐由里嬢にとか、霧隠家の才艶子ちゃんからとか、服部家の半端子さんが是非にとか、柳生家の宗緒様からとか、風魔家の風絵殿からとか、はたまた、戸隠の一族から、伊賀の里から、甲賀の屋敷から、どのような話が入ってくるやもしれんではないかいな。だからして、心して修業に励み、あらゆる業を身に付け持っておかなければならんのだわな。あれが、石川家の部屋住みと崇められ、この、名門にして義賊であった御先祖様の名を汚す事なく、この地球が人類の棲みかとして続く限り、末代迄も絶やす事無く誇りを保たなくてはならんのだわな。分かるかや、勇左衛門」

 主人は、勇左衛門ちゃんにそのように言ったことがあったけれども、勇左衛門ちゃんは学校から帰るとあたいを抱いて部屋に入り、哲学大系とか思想大全集とかキリスト教と釈迦仏教の相対についてとか政治と人間とか、古典、記紀、万葉、漢字語源辞典、韓日辞典漢和大辞典、説文解字、東西の名著、とか、その他難しい本を片っぱしから読んでは投げ覚えては焼き捨て、やたら頭に詰め込もうとしていますのですのだわ。それは真剣、涙ぐましい努力なのですのだわ。あたいには、勇左衛門ちゃんは学問で身を立てようとなさってるように見えますのですのだわ。

 ああ、主人は四十を少し過ぎてらっして、瑞乙様は四十前、豊右衛門さんは十五くらい勇左衛門ちゃんは十二くらいなのですのだわ。

 主人は、常日頃は劇作家兼評論家兼小説家として、仕事をしていますけど、いざ本業が入ると何箇月もいないときもありますのですのだわ。世間には取材のために外国に行くとか、旅行にとか、フリーな仕事だから怪しまれることもなくて良いみたいなのですのだわ。それに、芸術家は奇人変人横着者、頑固我侭怒りんぼ、暴言妄言大言壮語、右に左に心を変えて、何をどうしょと世間の人から後ろ指を差される事に馴れているから屁の河童。本人も気にしないし、世間も諦め知らん振り。迷惑遠慮はない世界。だからして、主人には芸術家と言う隠れ蓑は合っているみたいなのですのだわニャン。

 瑞乙様は、屋敷より少し離れた所に「卑弥呼」と言う喫茶店を経営していて、本業が入ると、営業中の看板をくるりと回し準備中にしてBMWに乗って出掛けますのだわ。その他に、エアロビィクスにジャズダンス、タップダンスにソシャルダンス、スイミングクラブ、ホストクラブ、柔道に合気道、茶道に華道、着付けにメイク、コンピューターの操作にスペースシャトルの操作、なかなか大変お忙しいのでございますのだわ。現代にはそれらがなくては本業が成り立たないらしく、あの年で始められたのですのだわ。くの一ともなれば世間のソフトの分野を受け持つのだと言うことを知ったのですのだわ。主人は飽くまでハードな面を、世間の夫婦に見せたいくらい、爪の垢でも煎じて飲まれれば良いのですのだわ。「あなたの努力は、筆舌に尽くし難いのだがや、まあ、そう欲張らずとも良いのではないのではないか知らん。なにも、十把ひとからげのように、何でも口にする鶏のように、女なら誰でもいい声を掛ける近眼のプレーボーイのように、金ならどんなに汚れていてもほしがる代議士のようにでは、大きな落し穴が待ち受けているやもしれんぞい。それに、それでは何が本当の目的か多くて途中で忘却してしまうのではあるまいかな。どだい、所詮女と言う動物は客体客観複眼思考は無理で、一つの道を極めればいいのでわなかろうかえ。と言うことだからして主観単眼コンベンショナルでいいのだわいな」

 と主人は瑞乙様にご忠告を致されましたのですのだわ。だけど、瑞乙様は、

「それこそ、男の男たる言動なのだわ。主観単眼コンベンショナルである女の腹から生まれてきておいて何をほざくか下郎野郎、今に見てらっしゃいませませ」

 と声も猛猛しく、空に向かって一声吠えましだのですのだわ。

 その声に、主人は肩を窄めその場を急いで逃げましたが、途中で転んだのですのだわ。

 豊右衛門さんは、高校一年生。勉強より、男性と女性の構造上の違いに興味が大きいみたいなのだわ。だから、ベッドの下には女性の裸のポートレットが満載されている雑誌が沢山隠してあるのですのだわ。

 この前、主人に見つかり、

「何も隠すことはないではないかいな。世間広と言えども、女の裸ほど美しいものはないのだからして見ると良いのだわい。だが、我々は、世間の男性が興味本位に、いや、切羽つまってセセセをする対象として扱うてはいるのだがして、我々はそんな刹那的な、一方的な欲望だけで一枚の写真とは言え扱うてはならんのだわさ。だからして、滑らかにして透けて見えるように白い、しっとりとして吸い付くような膚を見てもだがや、心の赴くままに行動するのではのうて、そこは医学的に、哲学的に考察をして、その裸体を晒す一個の生物の分析をすることに願目を置き、皮膚を通し精神を心を説き、内臓まで見通す心眼こそ、それを養うことこそ真の目的にしなくてはならんのだからして、一枚の写真の中から肉体を引っ張りだし具現させて始めてマママを行うべきであるのだわさ」

 と意見をされていましたのですのだわ。

 勇左衛門ちゃんは、中学二年生。学校から帰ると、部屋の中央に座して瞑想をし何にやら二百七十六文字の経文を唱えますのですのだわ。釈迦牟尼世尊と言うお偉いガンダーラの王様が、人間の生き方心の置き方を説いたものらしいのですのだわ。その経文とは中国唐時代のほら吹きである玄奘三藏と言う方がガンダーラまで旅をして六百巻もの釈尊の教えを弟子達がレポートしたものを、中国に持ち帰り皇帝太宗の援助により七十四部千三百三十八巻にまとめたものが、朝鮮半島をわたり日本にまで届いたものだそうですのだわ。それから空海というお坊さんがわざわざ中国に渡り勉強して、その中からエキスだけを取り出して二百七十六文字に著したのだそうであるのですのだわなんでも、二百七十六文字の中に無常感を、本来人間の心は清浄であると、それは無であり無が空であると言い、色と空に分かれ、色は肉体、空は心であり、肉体と心を無にすることを「色即是空」と言うと。「空即是色」とも言い「色即是空」の悟りを開いた人間を「観自在菩薩」とも「観世音菩薩」とも言うのだそうですのだわ。五薀に五陰十界三世。宿命縁起。色と空は裏表形と影とも言うとか。無常に対して常住だとか。九界に仏界が人と法とか。真人が真如を見るとか。無の色無の目無の声無の耳を拾得して初めて道を目指せるとか。夢と寤とか。渇愛と慈悲とか。東密と台密とか。定戒慧。四諦減諦。とかとか その他、色々と口にするんだけど、その言葉を聞いていると快くなって、眠りにことんと落ちるんですのだわ。ああ、ああ、猫族のあたいには良くわかんないんだわ。とにかく、勇左衛門ちゃんは、坊さんになればいいのにと思うのですのだわ。

「お前が幾ら勉強しようと構わんが、一つの物を学ぶのではなく常に相対する物を勉強し比較対照してこそ、物の真実が分かろうと言うものではないか知らん。それに、年相応と言うことも忘れてはいかんのだわ。人生が見え、悟りを開くのには、ちと、若いのではないかしらん。本を友とすると言うことは、その本から夢と人生を拾うことだからして、その前に何もかも分かっていては今生は生きるに値しないと考え、仏になるしか無いんだわの。だからして、業は極めんといかん、悟らんといかんが、生き方を悟る必要はないのであるぞい。木に登り、川の流れに戯れよ。自然をこよなく愛し、その懐で甘えよ。その事で自然の苛酷を知ることこそ人間の傲岸を知ることになるのだろうわいな。幾ら勉強しても実践しなくてはそれは色にも空にもならん。空を青いと見る人に、本当は透明なのであるがして、その中に塵点劫からの埃が浮遊し光に反射しているのが今の空の色である事だと言える人こそ宇宙の真理を一言にして語るにふさわしい人であるのだわよ」

 主人は勇左衛門ちゃんに懇懇と言い諭したのですのだわ。それはなんだか猫族のあたいにも分かり、心に残ったのですのだわ。



          2



 本業の要請は、FAXのときもあれば、もぐら宅配便の時もありますのですのだわ。

「#rkxyd@is$g)$%gka($&$pytexzh@a)!ng@i&;qsbi#.w@y0-@Zhrib#.w@y0a)$$kiv′hb@d@($xy^[¥d@i#tw@py0e;qf@yb@$i;yohb$」

 と言うような通信が届くのであるのですのだわ。なんだかお分かりですかだすのですのだわ。あたいも最初は何だか分かりませんでしたのですのだわ。だけど、主人の書斎にあるワープロのキーボードの上を歩いた時に謎が解けたのですのだわ。もうおわかりでしょうだわ、そうですのだわ、その通りなのですのだわ。

 主人はこの三年前には、ヤリクリルート疑獄で逮捕された痔眠党の菊波元官房

 長官に化けて居ましたのですわ。庭の石とか植木とか床の置物の蛙とか電信柱とかに化けるのに比べたら、人間の化けて成り変わるなど容易いのですのだわ。

「あたいは、算術や忍術は苦手やが、真術は得意なんだわなさ」

 と言うのが、主人の口癖なのですのだわ。人間が人間に成り変わることなど主人には夕飯を朝飯とするほどに容易なことなのですのだわ。主人が拘置所と裁判所を往復している間に、雇い主は軽井沢の別荘に築地の綺麗どころを呼び、銀座のてふてふを呼び、部屋から部屋を往復していると言う寸法なんですのだわ。保釈金を積んで貰って出てくると、議員会館の自室で繰る繰ると入れ替わると言う段取りなんですのだわ。瑞乙様は、これまた雇い主の奥様に成り変わってせつせと差し入れをするという内助の功を演じるのですのいだわ。

 その前はしばらく、中風の代議士の役を演じて、新聞や週刊誌や写真誌を賑やかしていましたのですのだわ。あの影の役はあんまし乗り気ではなかったし、得意ではなかったようであったのですのだわ。

 また、各国の要人のSPになるのも主人の仕事なんですのだわ。SPに化けて身を呈しても要人を護るのですのだわ。この仕事には十八代目の猿飛佐助さんとか、二十三代目の霧隠才藏さんとか、九代目の服部半藏さんとか、二十一代目の柳生宗矩さんとか、四代目の姿三四郎さんだとか、五代目の沖田総司さんとか、七代目の雷電為右衛門さんだとか、三十八代目の平将門さんだとか、五十五代目の光源氏さんだとか、近藤勇の末裔とか、由緒正しい家柄の子孫の方達が付くのですのだわ。

 まあ、色々な方の影武者に成るのが本業らしいのですのだわ。だけど、主人はあんまり乗り気ではないみたいなのですのだわ。だけど、家を絶やさずに維持していくにはそれなりの財力が必要なんでしょうか知らん。主人はいざ鎌倉有事に備えて沢山の弟子を養っていますのですのだわ。その弟子の方達の面倒を見るために心にそまない本業を受けなくてはいけないみたいなんですのだわ。それだから、余計に白い髪が増えた見たいなんですのだわ。つくづく人間の世界ってややこしいし、やり憎いし、分からないし、面倒臭いし、難しいし、嫌だなぁと思うのですのだわ。主人が、二十日月を庭に出て見上げている後ろ姿なんか、本当に侘しそうなんですのだわ。あたいはそんな時、足元に気配を殺して近づき筋肉の固まりのお尻を噛み付いてやるのですのだわ。だって、そんな主人を見るのって好きくないんですのだもんだわ。主人はやはり顔の筋肉を引き締めて痺れるような渋い気合いを込めた修練の時がやはり素敵なんですものですのだわ。それに、瑞乙様との睦事をなさるときに主人って厳粛な古武道の儀式をなさるように礼儀正しいのですのだわ。瑞乙様も、あたい達猫族のようなはしたない戯声喜声歓声をあげるわけでもなく、浴衣の袖を噛んでいますのですのだわ。

「頂戴つかまつる」

「有難うございます」

 両者は寝具の両端に座して、そのような挨拶を交わし事に及ぶのですのだわ。人間も匂いで相手を選ぶのか知らん。夜行遠視昼行近視のあたいらには匂いしか頼るものがないのですのだわ。万物の霊長を自認している人間には、心の相性が分かるのか知らんと思うのですのだわ。

「頂戴つかまつりました」

「有難うございました」

 と言う言葉が荒い息の下で交わされ事が終わるのですのだわ。

 本業の依頼があったのは、五月の終わり驟雨が大地を静かに叩いていた日でしたのですのだわ。五月が白や赤の花びらを付けて庭の至る所に咲き誇っていましたのですのだわ。あたいらは、雨が嫌いなのですのだわ。それというのも雨はあたいらの身体に蚤と言う、害虫をわかすからなんですのだわ。

 主人は剥げかけた茶色の皮で出来たトランクを押し入れより引っ張り出して、中の物を点検し始めたのですのだわ。七つ道具は無論、衣裳、メイク道具一式、鬘髭眼鏡、銃刀塩胡椒七味唐辛子、鼾止めの薬目薬水虫の薬、ドクダミ、クコ、ゲンノショウコ、ビワ、アロエ、柿の葉、大根、大豆、炒り米、茄の黒焼き、隠元、センブリ、梅、竦韮、セロリ、蘇鉄、朝鮮人参、猿の腰掛け、夏目、花梨、蓮華、タンポポ、女郎花、笙、大蒜、海豹のOO、鼈の血、蝮の黒焼き、ワープロ、8ミリビデオカメラ、録音機付デジタルカメラ、携帯電話、ヨードチンキ、ホカロン等。それらの物は何時どのように使うのか知らないのですのだわ。開けてびっくりマジック箱のように出るわ出るのあるわあるの、きちんと入っていたのですのだわ。

 この前なんかバブルが弾けて主人は八面六臂の活躍をしていましたのやわ。売れっ子のタレトンよりテレビに出ているのが多かったみたいなのですのだわ。俗に言う証券スキャンダルの証人として喚問される人に成り代わっていたのですのだわ。それから、総裁選挙で宮地氏になり代わり、派閥の親分と話すとか、本人が高齢なだけに主人は忙しかったみたいだったのだわ。

「これから首相の宮地さんの身代わりとして、国会ので組閣の人事、応援してくれた代議士にお礼の札束をバラ蒔かにゃなにらんでやな。約束を破ったと言うことで頬を何発か殴られるやも知らん。本人は選挙の疲れで、別荘に引っ込み休養を摂っていると言う寸法なのよね。こんなくだらん政界に何故したのか知らん。その役をするのは何か心が痛むのだわな。野党ももっと勉強してグーの音も言えないような質問を浴びせてくれれば良いのだがして、そんなことは無理のごり押し、冬の幽霊。目黒の秋刀魚、浅草海苔、草加の煎餠と名ばかりで実がないってやつだわさ。これでは国民が可哀相、救われない。だけど、そんな実のない奴に投票したのもやはり国民だからして、この怒り何処に持って行きようが無いんだわな。だからして、そ奴を選んだ選挙区民に代議士を含め公民権の停止とか、所払いとか、百叩きとか、手鎖の上警視庁預けとか、島流しとか、非人落としとか、の責任と罰則を設ければ、少しは愚かな代議士が減るのではないのではないのか知らん。と言う事はたやすいがして、それは、あまねく憲法法律に抵触することになるからして。そうなれば、嘘をつき耐えぬく仕事を我が輩の所に持ってくることもあるまいと言うものだわな。我が輩が身変わっていると言う事実を見破ってくれるように、黒子の位置を変えたり、円形脱毛を造ったり、言葉のアクセントを変えたり、とか、の良心の痛みに対しての表現を試みてはいるのだが、野党も、テレビの前の視聴者の誰一人として気付かんとは情けなくて涙がチョチョ切れると言うものだわな。我が輩等忍者達の仕事がなくなることが、詰まる所国民の幸せなのだけんどなや」

 と主人は目に一ぱいに涙を浮かべて言いましたりですのだわ。

 主人は本人に都合が悪い時だけ身代わりとなって平然と冷静に行動し言動する心の裏にはこの様な葛藤が在りますりですのだわ。

 なんでもこの国には、やつてなくても疑いが係ると死ぬことより恥辱といって身の潔白を証明する為に腹を切ったとか、だけど、嘘も方便と言う言葉が曲解されて使われているのですのだわ。自分の安全を護のは方便ではなくて嘘付きと言い、平穏平和を保つために付くのが方便だと思うのですのだわ。猫族を恩知らずとか、何時も寝てばかり居るとか、臭いとか、と言う前に心の目を養ってはいかがか知らんと思うのですのだわ

「上が金なら、下も金。立派な事をほざいても、所詮金しか目に無いやつ等。磁石ではあるまいし、製鉄所ではあるめえし・・・。ああ、心を金に変えた矮少で短小で包茎で早漏でインポで不感症で、正義とか主義とか思想とか夢想とか哲学とか経学とか法律とか旋律とか感動とか振動とか感性とか雅性とか、は少しも持ち合わせてはいない腰抜け野郎女郎。金に目の眩んだ奴等に命を語る権利はなーいのです。コーヒー一杯の値段がどうだって言うの、半端な金に心まどわされ、殺人ゲームに使うFSXがどれほどの値段を知らない馬鹿な国民。口に入る水の汚れに気が付かず、子供に勉強しろではその子等の命は親より先にぺしゃんこだわよ。ゴルフに寤を抜かしながら環境問題を語る愚かしい環境庁長官。車を乗り回し光化学スモッグに文句を言う通産大臣運輸大臣。洗濯機の改良を叫ばずに洗剤の改良を叫び、水が有限であると言う事を知らない、情けない市民運動。処女膜を約束をすぐに破り、パチンコのチューリップの様にすぐ股を開かせる偽乙女等。週刊誌の包頚の害についての記事を読んで悩む小学生等。尻も胸も前も隠さないギャル等。分不相応に大きな車を走らせる貧乏人の伜等。自信過剰のブス女等。体臭を忘れた大衆等。トイレでティッシュを使わない中年女等。『一杯のかけそば』に泣く飽食で貧しい感性の国民。打算の慈愛を説く教祖達。善意真心美意識情け労りねぎらい感謝無欲無心慈悲助力手助け遠慮控えめお淑やか慎み憐れみ思いやり等を忘れた国民等よ。心の拠り所を他に求めたゆえの結果、己の心にそれぞれの美しい華実をつける種を植えませぬ。ああ、情けなや、ああ、いたわしや、ああ、かなしからずや、ああ、無残やな、残酷やな。文明が人間の生命力をじわりじわりと奪い取っている事に気付かない国民。このままでは日本の永き続けき日出る國の魂いづこにか消えん」

 瑞乙様は信濃川の緩やかな流れのように、また木曽川の激流のごとく高低強弱をつけ怒鳴りつけ諭し言葉を流したのですのだわ。 まあ、夫婦と言うのは永年添えは添うほど似てくると言うけれども、装飾修辞感嘆比喩の数々を酷使し良く聞かないと、主人の言葉か瑞乙様の言の葉か分かりませんのですのだわ。そして、何を言っているのか分かりませんのですのだわ。

「我が輩の行動は後の後に歴史が証明してくれようではないか知らん。小の心を大望に開き、僅かな過ちを正義への奮起とし、大の前の少を押さえ付け、猟心を良心と解釈し、御先祖様が五条河原で釜茹でに成って逝かれた悔しさを口承し続けて、植え付け育てて来たこの三百五十年、成り振り構わず心を偽り捨ててやっと掴んだ百億両、豊臣徳川に並び称せられた石川家の再興と国家統一の日がもう額に手をやり遠望すれば見えて来たのだわいな、明智の末裔の瑞乙よ。小西行長の・・、千利久の・・、曽呂利新左衛門の・・、平家の・・、源氏の・・、北条の・・、足利の・・、藤原の・・、じんぎすはんの・・、瀬戸内水軍の・・、平賀源内の・・、伊能忠敬の・・、杉田玄白の・・、新井白石の・・、真田幸村の・・、宇喜多秀家の・・、井伊忠孝の・・、坂本龍馬の・・、高杉晋作の・・、宮部禎藏の・・、西郷隆盛の・・、久坂玄瑞の・・、吉田松陰の・・、沖田総司の・・、近藤勇の・・、等の手となり足となり知恵も貸し金も貸してやつたが、そ奴等の私利私欲遊興三昧我見妄道正義放逸な性格故に成就せず、影の実力者として陽の目を見なかった先祖達よ、それらの末裔と血と血を交わし日本の國を動かせしが、ここらでそろそろ表舞台にいでて人術を広めないとどうしょうもない世の中になるのではないのだろうか知らん。永田町、丸ノ内、八重州、神南、練馬、朝霧、保土谷、巣鴨、成田、羽田、横須賀、名古屋、横浜、御殿場、筑波、仙台、東海村、福島、鹿島、盛岡、青森、函館、釧路、網走、小樽、稚内、旭川、札幌、新潟、高田、長岡、八郎潟、八光田山、岩手、秋田、金沢、福井、敦賀、島根、鳥取、大社、三保、舞鶴、三国、長門、下関、北九州、長崎、佐世保、熊本、知覧、指宿、鹿児島、嘉手那、宮城、大分、愛媛、高知、徳島、香川、岩国、日本原、倉敷、神戸、京都、大阪、堺、和歌山、伊勢神宮、津、大津、知多、まあ、あらゆる所を占拠しひっくり返すのだわな。草は雑草のように根を張り時の到来を待っているのだからして、後は此方等が合い言葉の、

「屁のかつぱ、屁のらっぱ」

と二十日月の夜に三遍叫べばいいのだからして、まあ、今回の仕事が最終になるといいのだけれどもなや」

 主人は大変なことを口にしたのですのだわ。

 その時、あたいは下半身が張り尿意を催し、雪穏の隣にある砂箱にお尻を振り振り飛んで行ったのですのだわ。だから、瑞乙様が、どのように応えたかは知らないのですのだわ。それは、大変に興味があった事なんですれど泣く子と生理現象には勝てっこないのですのだわ。

 それから少しして、テレビで主人が白け切った表情で、満面に笑みを浮かべてどうにでもしたらどうかしらん。と開き直っていたのですのだわ。

「有効、優秀な人材で組閣出来た事を大変に喜んでおります」

 と、返答をしていたのですわ。だけど、主人の目の奥には何やらめらめらと燃える妖しい輝きが見えたのですのだわ。大曽根は頭髪を右に分けているんですけれども、主人は左に分けていましたのですのだわ。先入観て本当に怖いものですのだわ。右だと思い込んでいて、気付か無いのですものねですのだわ。

 その夜のこと、

「一体どうしたの。FAXや電話が鳴りっ放しで落ちつきゃしない」

 と豊右衛門さんが眠そうな目を擦りながら瑞乙様に言いましたのですのだわニャン。

「家族皆で庭の井戸水で禊をして、二十日月の夜を待ちましょう。お前も石川家の嫡子、名護屋城の金の鯱を大凧に乗って盗まんとした事は、逸話口承に成っている武勇伝でも泥棒根性でもありませぬ。スッパの豊臣、影の徳川に先乗りされ、後陣を拝しなければならなかった御先祖様の怒りの外の何物でもありませぬのじゃ。元は邪馬大国と互角に勢力を保っていた吉備大国の温羅一族の王の純血が流れる石川家。石川と名乗りしは世を忍ぶ仮の名なれど、先祖である温羅の王は、吉備津彦神にた

ぶらかされた黒姫に裏切られ釜湯でにされたのじゃ。その釜は吉備津彦神社に祭られお隠れになった日には大釜が鳴るのだからして、その音はこのあたいに早く決起せよとの催促に聞こえるのよね。神社は恨みを残して死んだ霊に対しての鎮魂のために造られたげな。温羅一族は黒姫の裏切りにより破れたとは言えどもたたらの技術、木地氏の心得を持って地に這い地に潜り時を待つこと千五百年、今その到来の陽が東の空をオレンジ色に染めつつあるのだぞ。呆けている時ではない。マママを掻いているときではない。お前は知らぬのじゃろうが、猿飛家の佐由里姫こそ、親同士が決めたお前の嫁ごじゃ。猿飛家こそ、石川家と同格、釣り合わぬは不縁のもと。白雲斎先生に術を習った兄弟弟子を先祖に持ち血脈正しき家柄なのだぞ。佐由里姫は芳紀正に十九歳。先だってのミスユニバーサルコンテストに日本を代表し出場、ハイレグからあの毛が覗いていて惜しくも二位に甘んじたけども世界一の美女であることは論を待つ必要がない。大体、くの一と言えば服部家にお株を奪われていたけれども、近頃の世界をゆるがせる女性は総て猿飛家のくの一なのだ。代表的なのが、春日局、お国、お七、八つ橋太夫、幾松、お龍、オランダいね、蝶蝶夫人、お吉、高橋お伝、小林カウ、津田梅子、福田英子、平塚らいてう、樋口一葉、与謝野晶子、山川登美子、菅野スガ、伊藤野枝、松井須磨子、林芙美子、岡本かな子、高群逸枝、市川房江、田中絹代、高峰三枝子、高峰秀子、原節子、若尾文子、岸恵子、山本富士子、司葉子、岩下志麻、有馬稲子、十朱幸代、佐久間良子、美空ひばり、島倉千代子、都はるみ、山口百恵、松田聖子、樋口可南子、吉永小百合、等等などが輝かしい活躍をし、その後に第二第三と、陸続と続いているのだ。例えば、ミポリン、ノリッピー、キョンキョン、ナンノ、ユイ、ゴクミ、りえ、ダンプ松本、工藤夕貴、斎藤由貴、長与千種、ライオネス飛鳥、工藤静香、麻生祐未、岡本綾子、小林ひとみ、村上麗奈、美穂由紀、吉本ばなな等。言ったように猿飛家はくの一、服部家の産業スパイ、霧隠家は牒報活動、柳生家は革命運動、風魔家は秘密基地の建設を海底に、その外この石川家の息のかかった戸隠、伊賀甲賀はそれぞれの分野で事を運んで来たのじゃ。我が石川家一族はハワイはおろか、ロス、サンフランシスコ、ワシントン、ニューヨーク、マイアミ、セントルイス、オタワ、シァトル、メキシコ、シドニー、グァム、サイパン、マニラ、タイペイ、香港、ローマ、パリー、ジュネーブ、コペンハーゲン、ロンドンのビルを買いあさり、もはや、日本一国だけでなく勢力を広めているのが現状なのだぞ。五右衛門と言う人工衛生も空に飛んでいる。だんなさまのお考えは、この地球を一つの国として平和共存を、人間万歳を、飢え苦しむ人が一人としてなく、命を謳歌できるユートピアの建設を願目に置かれているのじゃ。心して、お父様の、いいえ、御先祖様の意思を受け継がなくてはなりませぬのじゃ」

 凛とした瑞乙様の声が響き渡りましたりですのだわ。 豊右衛門さんは頭を垂れて聞いていましたのですのだが、

「はい」

 と今までに無い表情で瑞乙様を見つめて言ったのですのだわ。

「お母上様、間違いと言う事はありませんか」

「何を、ほざく。だんなさまが、テレビで眉の上を五度、胸を七度、腕を五度撫でられたのを見なかったのかえな」

「あれは・・・」

「そうだ。この間抜けめ!日頃から視力を養い、観察力を高めておけと言ったであろうが、この愚か者。小さな蟻の穴で城は崩れるたとえ、見落として千五百年間の苦労を水泡に帰する積もりか。この機会、ヤリクリルート疑獄で国民は人間の心を疑い始め、買物税で怒り心頭し、はたまた、証券スキャンダルで日本人の本質を世界から問われている今こそ天の啓示、仏の御計らい、千載一遇のチャンス。嘗て、大化の改新、南北、保元平治の乱、本能寺の変、関か原合戦、天草四郎の乱、明治維新、西郷隆盛の反乱、日清日露、大東亜戦争と幾多の機会がありながら、それらを悉く見送ったのも、千に一つの万に一つの億に一つの兆に一つの京に一つの失敗があってはならないと考えられたからじゃ。今は劫に一つの失敗も無いのじゃ」

 目をむき鼻を開いて、瑞乙様は言いましたのですのだわ。

「あれは、ブロックサインだったのですね」

 豊右衛門さんは身体をわなわなと奮わせながら言いましたのですのだわ。

「武者振るいとは頼もしい。それでこそ、石川家の跡取りと言うものじゃ。明日朝・・」とっくに時計の針は〇時を回っていたのですのだわ。

「そのことは、二十日月の夜ではありませぬのか。ぼくにも心の準備が・・・」

 豊右衛門さんはおろおろしながら言いましたのやわ。「いいえ、今朝一番鶏が鳴く前に、猿飛佐由里姫は輿入れして来ますぞ。ブロックサインはそのような意味もあるのですから。こちらもうかうかしてはおられませぬぞえ。禊を済ませてベツトで待つがよい。二十日月の前夜まで一時も離れず媾合のじゃ。そおして、身も心も一つになりこの大望に、この悲願に立ち向かわなければならないのじゃ」

 瑞乙様は、眼光鋭く、言葉に鉛を乗せて言いましたのですのだわ。

「あの、結婚式も、新婚旅行もないのですか」

「愚か者。馬鹿な事を申すではない。輿入れとはそんなものではなーい。嫁取りとはそんな生易しいものではなーい。御先祖様の魂を、目的悲願大望希望願望を成就させるために子を造り養い受け継がせることである。世間のたわ事、風習、慣習、礼儀、作法はこの石川家には無縁の事。甘えるではなーい」

 瑞乙様は口から火を吹くように言ったのですのだわ。「お母上様、私はセセセとかマママは知っていますが、ニャンニャンは知りません」

 豊右衛門さんは恥ずかしそうに言ったのですのだわ。だけど、何故に人間が猫族の意思伝達発声を知っているのかしらと不思議だったのですのだわ。

「その懸念には及びません。セセセとマママを知っていればニャンニャンはどうにか成ることですぞえ。勃起射精が出来れば男の役目は果たせます。それをどのように受け留めるかは佐由里姫、いいえ、お前の妻佐由里の責任であり勤めであるのですから、いらぬことを考えてはなりませぬ。一方的に子種を与えればいいのです。情報過多の現世、お前の思いは分かるが、そのようなことを考えてストレスが興じインポテンツにでもなったら、泣くのは佐由里殿だからですぞ。男がインポであろうがなかろうが、石女は用なし、南米かアフリカでのくの一としての仕事があるのみ。一刻も早く懐妊させることが、することが、夫婦として穏やかな、いいや、これからだんなさまの跡を継ぎ地球国の総裁の椅子に座る事が約束されると言うことなのじゃ」

「はい、良く分かりました。セセセとマママの時のように・・・」

「女は子を産んで初めて妻になり母となるのじゃからな。母は強いぞ。それに、佐由里姫は容姿端麗、眉目秀麗頭脳明晰、学術優秀、品行方正、武芸百般、家事全般、床業万全、素顔千両、脚線流美、語学流暢、身体強健、流目傷殺、耳聞蟻心、鼻利犬勝、口喉殺刃、手刀足槍、走把東西と非の打ち所がないほどの女じゃ。だが、誰にも隙は出来、弱いところは一つはあるもの、それを掴まなくては、お前ごときは赤子を殺すにも等しいぞえ。さーあ、いままでの母じゃの言葉の中にヒントがある。当てて見よ」

 瑞乙様は意地悪く言ったのですのだわ。

 豊右衛門さんは少し考えていたけれど、

「そんな事は簡単です」

 と胸を張って言いましたのですのだわ。

「判ったか。さすが石川家の嫡子じゃ。してその応えは」

 瑞乙様は身を乗り出しましたのですのだわ。

「ニャンニャンをしても子種をやらぬことでしょう」

「あっぱれ!よくぞ申した。その通りじゃ。して、どのように」

「それが判りません。くの一の佐由里姫は男の子種を奪うことなどたやすいと思われますし、私を欲情させるのは簡単だろうし、欲情すれば勃起をしますし、勃起をすれば射精をしますし・・・」

 豊右衛門さんは頭を抱えてしまったのですのだわ。

 その時、応接間の桧のドアがゆっくり開いて勇左衛聞ちゃんが顔を覗かせて、

「兄上、そんな事は簡単ではありませんか」

 と言ったのですのだわ。

「年端も行かぬお前には判ると言うのか」

 瑞乙様は、屹度勇左衛門ちゃんを睨み付けて言ったのですのだわ。

「はい。心得だけは、解決の糸口だけは。何分実践が伴っていませんから、机上の空論になるかも知れませんが、方法手段なら」

「申してみよ。兄じゃを差し置いてのもの上それ相当の自信があるのであろうな」

「はい。兄上のお役に立てばと、読書三昧の日々を過ごしておりますゆえ・・・」

「勇左衛門、聞かせてくれ。この前、セセセとマママの方法を教えてやったではないか」

「はい。その節は拝聴させていただきました。私には少し早うございましたが・・・」

「セセセもマママもオオオも大人になる前の自然の生理現象です。だが、セセセもマママもオオオも佐由里姫に気付かれてはなりませんぞ。さあ・・・」

 瑞乙様は勇左衛門ちゃんを促したのですのだわ。

「はい。女人には開かれなかった幽山がありました。空海真言高野山、最澄天台比叡山です。この二百七十六文字を口ずさみ理解なさいませ。兄上」

 と勇左衛門ちゃんは新聞紙ほどもあろうかと思われる和紙を豊右衛門さんの前に広げたのですのだわ。その和紙には沢山の漢字が書かれてあったのだわ。

「これは・・・」

「これはなんだ」

 瑞乙様があんぐりと口を開き、豊右衛門さんが問ったのですのだわ。

「はい。これは・・・」

「これは、中国唐時代の彷徨人の三藏がインドから持ち帰ったと言う仏陀の悟りのエキスではないか」

「この、やたら難しい漢字が沢山書かれているこの紙に、文字の配列に女人を遠ざける呪いでもあるのか」

「いいえ兄上、この二百七十六文字の中にその心得、方法が書かれているのです」

「母じゃも、四分の一世紀前に一度読んだことがあるが、身が震え頭痛がし足が竦み腰が砕け突然に月のものを見たことがある」

 瑞乙様はその場にへたり込んだのですのだわ。

「二百七十六文字の一文字一文字に千理万理が含まれていると言います」

「では、この紙をベツドのそばに。あのダイアンレィンのポスターを剥がして張っておけばいいのだね」

「いいえ、この二百七十六文字を暗誦し意味を理解しその心境になってもらはなくては効き目はありません。今は、母上の時代とは違いまする。女子も今では胴長短足ではなくプロポーションはGNPと比例して各国に引けを取らなくなりました。そして、教育も平均点偏差値という秤によって記憶力優先の愚かしい国になりましたが、小さなところをほじくる女子には肌が合い大学卒が増えました。その分、情緒情操、純情可憐、創造工夫、平穏無事と言う言葉が消えましたが・・・」

「なにをほざいているのです。お前もだんなさまに似て前置きが多過ぎまするぞ」

 瑞乙様は柳眉を上げたのですのだわ。

「ですからこの・・・」

「ええい、まどろこしいわね。一体何が言いたいのだい」

「だから、この二百七十六文字を心に絡ませて、心に溶かし込まなくては効かないと言っているのです。女子は六文字、七文字の教えを十分知っていると観なければなりませぬ。だけど、六文字、七文字の意味までは知っていないでしょう。だから、二百七十六文字を発酵蒸溜した四文字の意味を知り、更に一文字を知らなければならないのです」

 丸い目を更に丸くして勇左衛聞ちゃんは言ったのですのだわ。

「そして、その心は・・・」

 瑞乙様が怒りが頭を突き抜けたような声で性急に問いましたのですのだわ。

「どうすればいいのだい。この紙を食べて血肉にしろと言う事なんだろうが・・・」

「そうです兄上。つまり、六文字とは[南無阿弥陀仏]であり、七文字は[南無妙法蓮華経]であるわけです。そして、四文字とは[色即是空][空即是色]になることです」

「では、菩薩になれと言うのかえ」

「この漢字を見ただけで頭がくらくらするのだよ。私は」

「はい。観自在菩薩、観世音菩薩の心境になるしか女子の色香から逃げられません。兄上、色即ちこれ空、空即ちこれ色・・・」

「良く判らないのだ。色と空、空と色一緒であると言うことだろう」

「つまり・・・」

「つまり、どうするの。早くおっしやい」

「身体も心も「無」にすると言うことです。五官を越え六感を通り越、七八九感を跨ぎ・・・」

「いいから、何をどうするのか、おっしゃい!」

 瑞乙様は一瞬ムゥとした顔をなさったのですのだわ。「性欲物欲食欲を心の中に、阿羅耶織の中にしまい込んで忘れると言うことです」

「お前の言うことはいちいち判らないね。と言うことは・・・」

「私は嫌だ。そんな面倒臭いことが出来るわけがない。まるでそれでは修験者ではないか。そうなのか」

「そうです。そうなんです。兄上、欲がりません勝つまでわですよ」

「母上、一体私はどうすれば良いのですか。子種をやらねば佐由里姫は困るし、佐由里姫が母になればこの私が困る。これは・・・」

「兄上、不条理ですよね。だから、つまり、父上のように母上の尻に轢かれ甘えていればいいのではありませんか」

 瑞乙様の顔が赤くなりすぐに蒼くなったんですのだわ。あたいはどうなることかと三人の顔を見ていて首の骨が可笑しくなったのですのだわ。

 勇左衛聞ちゃんはにこりと笑い、二百七十六文字を書いた紙を持って、一礼し出て行きましたまですのだわ。その頼もしい後ろ姿をうっとりと見とれていたのですわ。

「誰に似たのかしら・・・」

 そう瑞乙様は小さく呟いたのですのだわ。

 雨が少し大降りになったのでしょうか知らん、風が目を覚ましたのだろうか知らん、雨戸を叩いていたのですのだわ。





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